かげもん 『京都というまちを考える試み。』第13回
学費無償化の喜びと未来
1月25日に行われた集会とデモのテーマは、学費タダと日本学生支援機構(旧育英会)による奨学金返済を3ヶ月以上滞納した人の個人情報を金融機関に通知するというブラックリスト化反対の2つだった。「奨学金は借金だから、借りたカネを返さないならブラックリスト化は当然だ」という論理に反対する学生・院生・滞納者・フリーターたちが集まった。 (続きを読む…)
京都の市民運動情報を伝えるフリ―ペーパー/ウェブマガジン
1月25日に行われた集会とデモのテーマは、学費タダと日本学生支援機構(旧育英会)による奨学金返済を3ヶ月以上滞納した人の個人情報を金融機関に通知するというブラックリスト化反対の2つだった。「奨学金は借金だから、借りたカネを返さないならブラックリスト化は当然だ」という論理に反対する学生・院生・滞納者・フリーターたちが集まった。 (続きを読む…)
朝鮮人にとって学校はまさに「解放」そのものであった
―――鄭栄桓
韓流ブームに肖って昨年末から『朝鮮新報』をとっている。2月23日の紙面には、川崎朝鮮初級学校を訪れた日本の学生らの感想文が載っていた。立命館の院生が記した「否定しようもない美しさ」という言葉が、この記事の大見出しになっている。この言葉、例えば映画『ウリハッキョ』を観た人なら共感できるかもしれない。古びた校舎から溢れ出るアウラの源とは一体なにか。 (続きを読む…)
私の好きな映画に、金子修介監督「宇能鴻一郎の濡れて打つ」というのがあるのだが(これは傑作!)、この金子監督の父親というのが変わった人で、いつもスーツの上に「アメリカはベトナムから手を引け」と大書したゼッケンをつけて、毎日、電車通勤していたそうだ。私がなんらかの政治的(?)アクションを起こそうとするとき、なぜかいつもこの人のことが思い浮かぶ。
それはたぶん、「ひとりであること」を決しておそれないということ、たとえ人から白い眼で見られようとも自分なりのスジを通すことであって、それは大衆の支持を得るとか得られないとか、政治的実効性を持つとか持たないとかいうこととは関係がない。 (続きを読む…)
高校生だったころのぼくがずっと思い悩んでいたのは、自由とは何かということだった。学校はどうして生徒の自由を規制し、統制と管理を強いてくるのか、その答えを探しつづけた。
父親の書斎に置いてあったマルクスの『資本論』やフランクフルト学派の哲学書には、資本主義社会が生み出した「学校」という場所への批判が書いてあるかもしれない。そう思いながら、本棚に手をかけ、理解できない言葉を必死で解読した。彼らの本から「管理社会」というフレーズを見つけ出したのは、そのときだった。 (続きを読む…)
ある日、わたしはソウルにいた。謎の東洋人として。急な坂の道沿いにあるその店はまだ あった。このあいだは、坂の上のほうにあったが、もうかったかららしく、より人の来易い場所へと移動してきたらしい。おばちゃんはわたしのことを覚えていた。「いらっしゃい」と、陽気に話しかけてくるおばちゃんは、心なしか、以前に会ったときよりもきれいになっている。 (続きを読む…)
家族を養い、生き抜かんがために、職場や学校や家庭で私たちは「通称名」を使わざるを得ない悔しい毎日を送っている。しかしだからこそ逆説的に、私たちは朝鮮人であるという民族の尊厳と価値を是が非でも守りたいと願う。そのために闘う。これは、在日同胞への呼びかけであり、私自身への自省である。
―――鄭祐宗 (続きを読む…)
私は半年間、大韓民国ソウルに暮らし、デモにしょっちゅう参加した。
2008年6月、ソウルでは毎日デモが行われ、中心部の道路はデモで埋めつくされた。アメリカ産牛肉輸入反対を叫んだ中高生から火がついた動きは、6月の段階で100万人の人々が街に出る事態となった。私はその盛り上がりのまっただ中へとびこんでいった。ここに記すような出来事を、人々は起こしうるし、私が体験してきた以上のことを、私たちは起こしうる。
私はしばらくソウル中心部の信号と地下道の位置を知らなかった。
デモで車が通らないからだ。だから、10車線以上ある道といっても、車線という概念はなくなる。車道はデモにおいては単なる広場であることを実感する。 (続きを読む…)
年が明けましたね。PM読者の皆さんは初詣には行かれましたか?
親しい人と行く方も、神社へは行かないっていう人も居られるでしょうね。
へいわ屋店主は強いて言うなら「晴れた冬の日の散歩」という心もちで出かけます。だから三が日に限らず、1月はじめて神社に足を伸ばした日が初詣ですね。 (続きを読む…)
また寒い季節が巡ってきましたが、
PM読者の皆さんはお変わりありませんか?
突然ですが、入れてないものはなかなか出てきませんね…。何の事かって?この原稿の事です。前回の脱稿以来、 (続きを読む…)
厳しい夜の冷え込みに冬の訪れを知った。暖かい日が続いたせいだろうか、気づかぬうちに今年も残りわずかになっていた。そんなとき身体に染み込んでいたはずの時間の感覚に狂いが生じたようで、不思議な気分になる。 (続きを読む…)